説文解字で読み解く倭人記事

説文解字を用いた魏志倭人伝の解説、及び漢書、後漢書、論衡、山海経などの倭人記事の解読を行います。

説文解字とは

説文解字とは

最古の部首別字書であり、中国文字学基本的古典。全15巻。後漢の許慎選。

和帝の永元12年(100年)頃に成立。
漢字9千余字を540の部首に分類、六書の原理に依り、字形の成り立ちと本義(本来の意味)を説く。

前漢儒教では五経詩経書経三礼易経・春秋)博士が家法によって経書を講釈していた。
やがて孔子旧宅の壁中や民間から、博士が教えるものとは違う経書が発見された。
これは先秦時代の古い書体で書かれていたので、通行の隷書体(今文)に対して、古文と呼ばれた。
前漢末に古文教系の学者と、今文経をテキストとする今文経学派の学者とが対立する様になる。
古文教系と今文教系の学者が論争を行い、古文経派が負けてしまい、今文経派が主流となる。

その後、新の王莽の時代には古文教派の学者が引き立てられ、後漢代には王莽の時代を否定する為にも今文経派が引き立てられる様になる。
許慎は後漢代の古文経派の学者である。

 

説文解字撰述の動機

許慎の時代は学問とは即ち経学を意味し、文字は学問(経学)の根本であると許慎は考えていた。
経書は人間として生きていく規範を述べた書物であるが、それも究極によっては文字によって構築されたものである。
だから、経書の正しい解釈を得る為には文字の一字一字の正しい解釈から出発すべきだと考えた。

古文経学派の信奉するテキストは元々孔子の旧宅を壊した時に壁の中から出現したと言われるものであったが、その出現の経緯を今文経学派の学者達は荒唐無稽で信じられないとして非難し、古文経は劉欽らによって捏造されたものであって、隷書で書いてある今文経のテキストこそ孔子の真意を伝える本来のものであると主張し、隷書の字体に基づいて説をなした。その様な今文経学派の学者達の俗説を許慎は激しく非難している。

今文経の学者は隷書の字形を基準とし、更にそれを恣意的に解釈する事がはびこっていた。更に学者達はそれを堂々と学問の世界に展開したのである。許慎はそれに対して正しい解釈を述べようとしたのであるが、その時に彼がまず第一に着手しなければならなかったのは、より古く、より信頼しうる書体を字形解釈の基礎に据える事であった。その時彼が採用したのが小篆であった。

説文解字の最も基本的な書式は、まず小篆を掲げ、次にその文字の本義と字形の成り立ちを説く(この部分は初めから隷書で記述する)。

説文解字に関わる書体について

説文解字に残っているのは、東方の斉や魯国で用いられていたと思われる簡潔な書体であり、秦で用いられていたのが「籀文(大篆)」であると考えられる。
また南方の越を中心とした地域ではきわめて装飾的な「鳥書」という書体が用いられていた事が、出土史料によって知られている。
書体が地域によって異なる事は統一国家にとってきわめて不便な事であり、始皇帝の命により丞相の李斯が「籀文(大篆)」を簡略化して作った「小篆」という書体を基準とし、その書体に合わないものを廃止した。

始皇帝言論弾圧を始め、罪人を労役に駆り立てて、万里の長城阿房宮に取り掛かる。
必然的に獄吏の仕事が忙しくなり、事務処理も煩雑となった。
曲線の多い「小篆」では書くのに時間が掛かる為、程邈という人物が直線を基準とした簡略体の書きやすい書体を作った。
それが「隷書」であるとされる。

説文解字は何故、秦代に作られた「小篆」を基準とするのか?。

説文解字は字形解釈の基礎に小篆を採用し、小篆だけでは不十分だと思われる時に、古文と籀文を、またごくまれに古文奇字を用いて補足する。基準とされる字形がより古いものであるほど漢字の原形に近いのだから、小篆よりも古文か籀文を基準にすべきであったとの疑問がおこるが、それはおそらく資料的に不可能だったのであろう。というのは、古文は元来が壁中出土の経書の文字であるから、経書に使われている文字しか知られないのだし、籀文も元来は「大篆」という書物十五編に記されたものであるが、漢書芸文志によれば前漢武帝の時に内六編が失われたという。だから両者とも漢字全般に渡る資料としては不完全なものだったのである。

漢字の字源としては甲骨文字や金文の方が正確では無いのか?。

漢字の字源としては甲骨文字や金文の方が古く、現在ではこれらの研究が進み、説文解字の字義解釈にも修正が迫られている部分もある。だが、説文解字の字義解釈には五行説に基づく、漢代における先進的な哲学思想が盛り込まれており、当代の歴史や文化を考える上で重要な資料である事に間違いはない。
当ブログでは漢代以降の資料を中心に取り扱う為、説文解字の字義解釈が相応しいと言える。


説文解字の解説として阿辻哲次著 [漢字學「説文解字」の世界]から引用させていただきました。